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山本智美:助産師日記
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【第25回】“思いどおりにいかない日”につける、ココロのくすり

山本智美:助産師日記

毎日、じとじとした天気。そういうときには、なんとなく日々どよ~んと思っていることを書いてしまいます。みなさんは、どのように感じていますか?

「悔しさ」「悲しさ」にフタをする社会

ある養護教諭の友達から、「学校の身体検査で体重と身長を測定するのはいいが、肥満指数を出すと親からクレームがくるので、困ったよ」と聞かされました。

「えっ?」それって、おかしくない? 何のための身体測定なのでしょうか。肥満指数を出すのは、評価することなので「差別だ」ということらしいのです。

また、小学校の運動会でも、徒競走で1等賞2等賞と順位をつけないところがあると聞きました。

「うちの子だって、がんばって走っているのに、なぜビリなのか。かわいそうだ。やめてほしい」とクレームがくるというのです。確かに、がんばっても1等賞になれなかったときの悔しさは、私も経験があり、泣いたこともありました。だからといって、これでいいのかな?

子どもの感情を親は受け止めて

親にとって、子どもが落ち込んだり、悲しむ顔はかわいそうで、見ていられません。どうせなら変わってあげたいと思うものです。しかし、そのようなときに、親としてどのような言葉をかけ、何をしてあげるかで子どもに伝わることは違ってくるのではないでしょうか。子どもは子どもなりに、何かを理解し感じるものです。

子どもの感情から、決して逃げないでぶつかってみてください。この子自身を受け止めてください。

SMAPの「世界に一つだけの花」という歌がヒットしました。ナンバー1でなくていい、もともと特別なオンリー1なんだからというメッセージが託されています。

私は、この歌が大好きです。人間ひとりひとり違っていて当たり前だし、だれひとり、いらない人はいないと思っています。みんな大切な人なのですから、家族や友人などにとっては、特別な存在です。

しかし、全てその通り特別な存在でいられるかと言えば、それも無理なことです。社会に出たら、たとえ幼稚園でも学校でも会社でも、いろいろな人と関わるときには、自分だけ特別ということはありません。

「現実」を受け入れるとき支えになるのは……

お産の場面だって、そうです。

自然分娩をしたくて、妊娠中には食事に注意をし、体力をつけるためにマタニティスイミングを積極的に行ない準備をしていました。しかし、胎盤の位置が低く、赤ちゃんを下から産むのは不可能なことがわかり、帝王切開術になった方がいました。

最初は、なぜそうなってしまったのか。なにがいけなかったのか。と自分自身を、非難していました。胎盤の位置は、どんなに自分ががんばっても意思では変えることもできませんし、誰が悪くてそうなったとも言えないのです。

しかし彼女は時間が経つにつれ、これにはどんな意味があるのかしら。何を教えてくれているのかしらと言うようになり、前向きに、現実と向き合うようになりました。彼女にとって、何かをそこから見いだすことができたのだと思います。

できごとによっては、かなりの時間が必要な方もいると思いますが、現実を見つめること、それを受け入れることが大切だと思うのです。それには、自分だけで乗り越えることはできません。いつも誰かが見守ってくれているという安心感が大切ですし、気持ちを聞いてくれる誰かが大切です。

人生……自分の思うとおりなんていかなくて、当たり前なのです。 

小さい時から、失敗したとき、悔しいとき、絶望したとき、困ったときなどにこそ、安心感を得られるような体験を持つこと、失敗してもいいんだという弱さもさらけ出せることの大切さを子どもに伝えたいものです。

なかなか、難しいものですが……。そんなココロのくすり、いかがでしょうか。

(2003.8)

ゲスト

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