妊娠中に、受けるかどうかを自己判断する必要がある検査について、それはどんな検査なのか、どういうことがわかるものなのか考えます。
出生前診断
広い意味では「出生前」ですから、妊娠の初期でも中期・後期でも、また分娩中にでも何らかの異常を見つけてその病名・原因を決定すればそれが出生前診断であり、治療法・処置法を決定することにつながります。したがって、多胎・胎位・胎児発育遅延・児頭骨盤不均衡・胎児仮死や胎児の奇形・染色体異常などの出生前診断をするということになります。しかしここでは最近問題になっているトリプルマーカー検査と関係のある染色体異常に限ることにします。
羊水検査
羊水をとって行う検査にはいろいろありますが、一般的には羊水に浮かんでいる胎児の皮膚の細胞を培養して行う染色体の検査のことをいいます。すなわち染色体の異常があるかどうかを調べる検査です。染色体の異常で一番頻度の高いのはダウン症です。
およそ1/1200の頻度ですが妊婦の年齢とともに増加し40歳になると1/112の頻度になります。
妊娠16週頃に腹壁から針を刺して羊水を20ミリリットル位採取します。この羊水に浮かんでいる胎児由来の細胞を特殊な技術を使って培養し、その細胞の染色体分析をするのです。腹壁上から羊水穿刺をするので、感染・出血・子宮収縮などを原因とする流産が、300回の穿刺当たり1回位の頻度(0.3%)で起こる可能性があるとされています。羊水穿刺のもう一つの問題は、稀なことではありますが母親の血液の混入・細胞培養の不成功・モザイク症例等が誤診の原因となることです。羊水検査の費用は診察料・カウンセリング料・超音波検査料・羊水穿刺の技術料・染色体分析を含めておよそ8〜14万円です。
トリプルマーカーテスト
妊娠15〜17週の妊婦さんの血液を5ミリリットル程採り、その中の三つの化学物質(αフェトプロテイン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン、非抱合型エストリオール)を測定し、ダウン症・18トリソミー・神経管閉鎖不全の三つの先天異常の確率を推定する検査です。検査費用は診察料・カウンセリング料も含めておよそ1万6千円〜2万5千円です。
染色体異常の中でも発生頻度の高いダウン症ではありますが、羊水検査には、先に述べたような危険があるために考えられたスクリーニング検査なのです。 検査結果がどの様に示されるかダウン症について見てみましょう。31才の妊婦が検査をしたとします。妊婦の年齢から想定される確率は1/613ですが、此の妊婦の検査の結果ダウン症である確率が1/312と出たとします。A検査所の報告は、「カットオフ値(基準値=35歳で想定される確率)1/295よりも低いのでスクリーン陰性です。なお、妊婦の年齢(31歳)のみから確率を推定すると1/613です。」となります。B検査所の報告では、「年令だけで見た場合の確率1/613、年令とトリプルマーカーで出した確率は1/312」として図示されています。問題点が二つあります。Aでは年齢から考えられる確率よりも高い確率という結果がでているのにも関わらずスクリーン陰性と報告されることです。Bでは図によると確率が1/312であることは年齢だけで見た場合の確率よりもダウン症である危険が高い様に見える事です。どちらの結果をもらったとしても、結局のところ、ダウン症の確定診断を望むであればであれば、羊水検査を受けなければならないということになります。
つきつめるとダウン症(=先天異常)をどう考えるかということになるのではないでしょうか。また先天異常のうちどのくらいの部分をスクリーニングできるのかという問題もあります。先天異常の頻度は3%あるいは8%ともいわれています。我が国で行われている大集団での調査としては、日本母性保護医協会が1972年から実施している年平均12万例の出生を対象とした調査があります。それによれば、出生後1週以内に診断された先天異常(主として外表奇形で、出生直後では診断の難しい内臟の奇形は除く)の頻度は平均0.84%(0.70%〜1.04%)です。ダウン症の頻度は0.1%位なのですから、1/8をスクリーニングできるだけなのです。
その他の特殊な検査
着床前診断:
体外受精を行って受精卵の細胞分裂が四細胞期または八細胞期になった時に、その細胞一個を採取し染色体分析またはDNA分析をおこない、受精卵に異常のないことを確認する方法。体外受精という妊娠率20%前後の技術を使うのですから一般的なスクリーニング法とは言えません。
絨毛検査:
妊娠9〜11週頃に経腟的に絨毛を採取し、絨毛細胞の染色体分析を行い異常の診断をする方法。妊娠のより早い時期に診断する事が出来ますが、母親の血液細胞の混入による誤診の可能性があることと流産の危険が約2%で羊水検査のそれ(0.3%)よりも高いことが欠点です。
ダウン症
23対ある染色体の第21番目の染色体が3本ある異常です。発達の遅れがある・身体が弱いといわれていましたが、乳幼児期からの発達の援助や健康管理により豊かな社会生活を送ることができるようになって来ました。また最近養育の方法をダウン症に適したものにする事によって隠れた才能を開発する研究も報告されています。もちろん周囲の人達の理解が必要であることは言うまでもありません。染色体の数の異常という具体的な事実はあるものの、妊娠中から出産育児にかけて作り上げられて行く個性のバリエーションの一つと考えるべきものと思われます
(1999.12)