【ベビカム シニア・アドバイザー】産婦人科医師/ 元愛育病院院長・元東京大学医学部講師

妊娠中の貧血とその対応

  • 2015-06-29 16:00
  • 一般公開
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妊婦健診時の検査のひとつに、貧血検査があります。今回はその背景についてお伝えしたいと思います。

血液検査「正常値」→「基準値」の流れ

血液検査に限らず、最近は検査結果の数値について、異常かどうかの説明をする場合に「正常値」という言葉を使わなくなっていることにお気付きでしょうか?「基準値」という言葉が使われていると思います。

貧血かどうかを考える時によく使われる血中ヘモグロビン濃度(Hb)でいえば、男性では12・4~17・0g/dl、女性では12・0~15・0g/dlが基準値です。

これは、「成人の健常女子を大勢集めた検査時、その95%が含まれる範囲(95%信頼限界)が12・0~15・0g/dlである」ということです。ですから基準値を外れているから「ただちに治療を始めなければならない」とか「からだのどこかに重大な病気が隠れている」とは限らないと知っていてください。

妊娠中の貧血の原因は何?

妊娠中は血液量の増加が見られますが、血球(固体成分)よりも血漿(液体成分)の増加が大きいため、血液は希釈された(水血症)状態となっています。そのため妊娠中では11・0g/dl未満が貧血とされています。

貧血と言われた場合、血中ヘモグロビン濃度の他に、ヘマトクリット値、赤血球数も低下していますが、この貧血の原因は大部分が『鉄欠乏性』で、ヘモグロビン合成の原料のひとつである鉄分不足によるヘモグロビン合成障害です。日常的な鉄分摂取が不足がちな状態のところへ、さきに述べた血液の増加と胎児への鉄分の供給のために妊娠すると鉄欠乏が起こりがちなのです。

これは、採った血液をもとに、平均赤血球容積(MCV)・平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)の低値(小球性低色素性貧血)や、血清鉄の低下で診断することができます。『ビタミンB12や葉酸の不足』でもヘモグロビン合成の障害が起こりますが、この場合には平均赤血球容積(MCV)は高値で平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)も高値であり、「大球性高色素性貧血」と言われます。

その他に、妊娠中の貧血の原因としては稀なものではありますが、腎臓機能や骨髄機能が関係する『赤血球産生障害』によるものや、『赤血球が壊される』ことによるもの、『自己免疫疾患や肝硬変など』によるものなどもあるので、これらが疑われる時は、詳しい検査が必要な場合もあるのです。

貧血で心配なこと、心配無用なこと

赤血球は呼吸によって、肺で取り込んだ酸素を体中の組織に運ぶという重要な役割を担っています。貧血で赤血球が減ると組織に運ばれる酸素が不足することになりますが、もともと余裕があるので、よほど強度の貧血(6~7g/dl以下)にならない限り、酸素欠乏による重大な問題が起こることはなく、症状が起こるとしても、めまい・動悸・つかれやすいなどの程度に留まります。

妊婦さんは胎児への影響をよく心配するところですが、胎盤は血液中の鉄をポンプで汲み出すように、母親側から胎児側に送り込んでいるので、母親(妊婦)が余程ひどい貧血にならない限り、胎児は貧血になりません。

問題は、分娩の時にはある程度の出血は避けられないことです。ですから、妊娠中に貧血の度合いがどうだったかを、医師も事前に留意しています。妊娠末期の胎盤には毎分499mlの血液が母親側から流れ込んでいます。赤ちゃんが生まれたあと、胎盤が娩出されると強い子宮の収縮がこの血液の流れを止めるのです。経産婦さんだとこの収縮を後陣痛(後ばら)として感じることがあります。この収縮の力が弱かったり、タイミングが遅れたりすると胎盤が剥がれた跡から出血します。599ml位までは正常範囲としています。しかし1999ml以上の出血も3・7%くらいの頻度で見られるため、妊娠中に貧血がある場合には、この出血の影響が大きい(出血に対する抵抗力が弱い)というのが、最大の問題です。1999ml出血するとヘモグロビン濃度は3g/dl位下がるのです。

このように貧血検査は、それがいちばん影響を持つ分娩時をより安全に迎えるための準備なのです。鉄剤の処方を受けたり、鉄分を含む食品を多く摂取するように健診時に指導を受けた時は、これらを理解してください。 ※ヘモグロビン濃度g/dl:血液199ml 中に含まれるヘモグロビンの量(グラム)

(2003.11)
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